二人だけの夜
― 抱いても仕方の無い想いなら、いっそ何も無いほうがいい。
見ても仕方の無い夢を見つづけることに、一体なんの意味があるのだろう。
どこからも知れず湧いた想いなど、おのずとどこへともなく消え去るまで。
そう。 今この胸にあるこの想いも、いずれ消えて無くなるのを待つのみ、それだけのことだ。
なのになぜ、こんなにも胸が痛むのだろう。
彼女の無邪気な微笑みは、いつも心を惑わせる。
遠い記憶のはて、埋もれていたはずの、よく似た笑顔が頭をかすめる。
抱いても仕方の無い想い、見ても仕方の無い夢。
自分でも想像すらしなかった。
そんなことに思い悩む日々が再びこようとは―。
遠くで風が行き交う音が響くと同時に、今にも崩れそうな古びた壁は、カタカタと音をたてた。
もうしわけ程度に室内を照らすランプの灯が、消え入りそうな炎をさらに弱め、一瞬ふっと消えた後、再び勢いよく燃えあがると、暗がりの中にひときわ目立つピンク色の髪が照らし出された。
「一体、どうしたら良いのでしょう…、こんなことになってしまって…」
ピンクの髪をかきあげながら、少女は呟いた。
「姫、お気になさらないで下さい。 …すべて自分の不注意ですので……」
少女のとなりから低い声が発せられる。
小さなベットの上できつそうにしている長身の男は、一度上半身を起こそうとし、具合が悪そうに再びベットに横たわった。
はだけた上着の下に、手馴れぬ手当ての跡がある。
「レオニス! 無理をしないで、まだ傷もふさがってませんのよ」
少女は慌てて彼を制し、心配そうな顔をした。
苦しそうな顔をしながら、彼はそんな彼女をいとおしげに見つめている。
ことの起こりは、数時間前のことだ。
淡いピンク色の髪を持つ少女…いや、ディアーナはいつものように、お忍びで町のあちこちをうろついていた。
そんなときふとした間違いで、町の片隅にある森に足を踏み入れ…、そして見事に道に迷ってしまったのだ。
慌てふためいたところで、王室育ちの彼女は、方向を知る術すら心得てはいなかった。
途方にくれ、森をさ迷っている時、突然それは来た。
獣である。
低い唸り声を上げながら、じりじりと近づく飢えたその瞳から逃れる術を、彼女は持っていない。
恐怖におののきながら、思わず目を閉じるディアーナに、まさに獣の刃が振りかかろうとした時だった。
ふいに風が走った気がした。
おそるおそる目を開けると、彼女の目の前には長身の人影が立ちはだかっていた。
しばし呆然とした彼女は、その人影の腕からしたたり落ちる鮮血に我に返る。。
「レオニスっ!?」
その姿を確認し、彼女は思わず声を上げた。
しばし後、なんとか獣を打ち倒すことはできたものの、深手を負ったレオニスは動くことすらままならず、かろうじてディアーナは近くにあった小屋に彼を運び込み、うろ覚えで応急処置をしたところだった。
「……もう、痛みはありませんの?」
「…いえ、まだ少し。 …そんなことより姫、早く城に戻らねば皆が心配いたします」
心配そうに覗き込んできたディアーナに、横たわったまま、レオニスは少し息を切らつつ言った。
「こんな状態のレオニスを一人置いて行けるわけがありませんわ! …それに、わたくし一人じゃ道が分かりませんわ、また迷ってしまいます」
そこまで言い放ち、ふいにディアーナは目をぱちくりさせ、
「…そういえば、どうしてレオニスはこんなところにいましたの?」
不思議そうに尋ねるディアーナから、レオニスは気まずそうに目をそらした。
町を巡回していると、しょっちゅうお忍び中のディアーナを見かける。
そんな彼女を、影ながら気にかけるようになったのは、いつからだっただろうか。
そして今日も。
森の方に向かって行く彼女を偶然見かけ、少し気になり後を追い森に入り彼女の姿を探した。
そしてしばしの後、彼の目に飛び込んできた光景は、まさに獣に襲われんとする彼女の姿だった。
なおも不思議そうに覗き込んでいるディアーナに、レオニスはバツの悪そうな顔をしている。
「……偶然です。」
そう言い放つと、レオニスは再び目をそらした。
カタカタと音をたて揺れる壁板に、ディアーナはふと気をとられて振り向くと、小さな窓の向こうには夕焼けが広がっていた。
「…もう日が暮れてしまいますのね…」
呟くディアーナに、レオニスは再び体勢を上げる。
「やはり、姫だけでもお帰り下さい。 日が落ちてからではやっかいです、道はお教え致しますので…」
苦痛に顔をしかめながら、なんとかベットに腰掛け言うレオニス。
「…そんなことできませんと言ったでしょう! レオニスは私を守る為に傷を負いましたのよ、…そんなあなたを置いて、わたくし一人帰れるはずがあるませんわ!」
俯きながら涙まじりに言うディアーナに、レオニスは胸が痛くなった。
「……自分が勝手にやったっことです。 …姫がお気になさるようなことではありません」
ディアーナから目をそらしたまま、レオニスは精一杯冷静な口調で言った。
だが、そんな彼にディアーナはますますたまらない気持ちになる。
「勝手にやったなんてことないですわ、……あの獣をやっつけるだけなら、レオニスならひとひねりでしたのに、私をかばったばっかりに…、こんなにケガをしてしまって…」
「………」
キッと目を見据えて、言い放つディアーナに、レオニスは言葉を失っていた。
…確かにそうのとうりだった。
ただ獣を打つだけであれば、こんな傷を負うまでもなかった。
あの時。
ディアーナが襲われそうになっているのが目に飛び込んだ瞬間、我を失い獣の前に飛び込んだ。
他にも対処法があったろうに、とっさに自らを盾にして、無我夢中で彼女を守っていた。
今思い出しても、浅はかな行動だ。
だが、あの時は彼女以外は目に入らなかった。
感情に流された自分を、何度となく心の中で叱咤していた。
まさか、ディアーナ本人にそんな思いが悟られていようとは。
レオニスはますます言葉を失った。
「さ、余計なことは気にせず、横にになっていて下さいな。 少し休まないとお薬が効きませんわ。」
言いながらディアーナは、レオニスをベットにうながす。
レオニスは懸命なディアーナに完敗して、朝になっても救助が来なかったら帰れと、何とか言い聞かせ、しぶしぶとベットに横たわった。
幸いにもこの小屋は、昔兵士が巡回などで立ち寄っていた場所らしく、鎧や武器がゴロゴロとしており、当然傷薬にも事欠かなかった。
もっとも、今ではただの古ぼけた小屋であり、巡回の兵士が立ち寄ってくれそうな気配は無い。
何とはなしに古ぼけた天井を見つめていると、ディアーナがゆっくりと毛布をかけてきた。
二人きりの夜は、とても穏やかに時間が過ぎていった。
「そうそう、レオニスお腹すきません?」
「……は?」
しばらく沈黙が続いた後、突然問いかけてくるディアーナに、レオニスは天井を見たまま間抜けな声を出した。
そんな様子に、ディアーナはクスリと笑うと。
「この小屋、多少の食料は備蓄してあるみたいで、結構いろいろありましたのよ。 …ま、乾物ばかりですけど」
言いながら、ディアーナは両手に、くんせいやら、干物やらも持ってにっこり笑っていた。
そんなディアーナを見て、レオニスの顔も自然とほころぶ。
「レオニス、おいしいですか?」
さきほどより少し血色もよくなり、ベットに腰掛けながら、片手にスプーン、片手にでろっとしたスープの入った器を持たされているレオニスに、ディアーナは嬉しそうに尋ねていた。
先ほど見つけた、正体不明のくんせい肉を、そこいらにあったスパイスと調理器具と、レオニスの持っていた少々の水を使い、さっきまで鼻歌まじりで、やたら嬉しそうに作っていたシロモノである。
何やら得体の知れない匂いが鼻をつく。
レオニスは少し顔をしかめつつ、目をつぶり一気にそれを口の中に流し込んだ。
そして、一口飲んだ後、レオニスは思わず呆然としていた。
「………美味しい…ですね……本当に……」
ぽつり、とレオニスは言った。
今だに信じられない顔をしているレオニスだが、確かに匂いはいただけないが、味は絶品だったのだ。
二口目をすすりだすレオニスを見ながら、ディアーナは満面の笑みを浮かべていた。
そんなディアーナから、レオニスは少々紅潮した顔で、必死に視線をそらしていた。
「あー、おいしかったですわ。 実はこの前、王宮のコックに頼み込んで、やっとスープの作り方だけは教わったばかりですの」
「……なるほど」
二つの皿を片付けながら言うディアーナに、レオニスはやっと納得していた。
「さ、お食事もすみましたし、もう眠った方がいいですわ」
言いながら、ディアーナは一つ壁を隔てた厨房へと姿を消した。
しばし厨房のほうでカチャカチャという音が響く。
そんな音を聞きながら、レオニスは自分でも驚くほどの安らぎを得ていた。
再びベットに横たわり、古びた天井を見つめながら、レオニスはため息をひとつついく。
気がつくと、傷の痛みはほとんど消えていた。
…思えば、いつもこんな時間を夢見続けていたのかもしれない。
そう、彼女の瞳が眩しいと感じた、あの瞬間から…。
心の奥に、すっかりしまいこんだはずのぬくもりが、胸を満たす。
心地よい鼓動に身を任せ、レオニスは静かに瞳を閉じた。
…抱いても仕方の無い想い、見ても仕方の無い夢。
だからこれはきっと、女神が与えたもうた一時の安らぎ、一夜の夢に過ぎないのだろう。
だが今だけは、そんな夢にみえをゆだねてみるのも、悪くはない……。
気がつくと、レオニスは静かな寝息を立てていた。
厨房から戻ってきたディアーナは、慌てて足音を忍ばせながら、ベットに近づく。
そっと毛布を直し、レオニスの胸のあたりに手をやり、暖かい笑みをたたえたまま、ディアーナはいつまでもそこに座り込んでいた。
「……ん……」
小さな小窓から差し込む朝日に、レオニスは顔をしかめた。
手をかざしながら、ゆっくりと体勢を起こす。
…夢……だったのか……?
一瞬浮かんだそんな思いが間違いであることは、すぐに分かった。
古びた壁は、相変わらずカタカタと音を立てている。
低くため息をつくと、レオニスは無造作に手を下ろした。
すると、何やら華奢で柔らかい手に触れ、驚きそちらを見ると。
「………」
レオニスは言葉を失っていた。
重なった手からたどり目をやったその先には、床にぺたんと座り、ベットにもたれかかるような体勢で、スヤスヤと寝息をたてるディアーナの姿があった。
レオニスは、そんな姿をいとおしげに見つめ、思わずピンク色の髪をひと撫でした。
そして、再び朝日差し込む小窓に目をやる。
「……レオニス………」
突然発せられた声に驚き目をやると、ディアーナはなにやらムニャムニャと言いつづけている。
「……寝言か……」
呟き、レオニスはディアーナを見つめる。
その瞳は安らぎに満ちている。
― 抱いても仕方のない想いでも。
見ても仕方のない夢でも。
それでもいい。
想い続け、見続けているだけなら、それで良いのかもしれない。
だって今でも。
こんなにも、この少女をいとおしいと思うのだから―。
目を細めながら、レオニスは再びディアーナの頭を撫でた。
「あ、レオニス、町が見えてきましたわ! …けっこう奥の方まで行ってしまってたんですのね」
日もすっかり高く上がった頃、ディアーナとレオニスは森の外れまで来ていた。
遠くに望むクライン城を見ながら、ディアーナは嬉しそうに声を上げた。
「レオニス、傷はもう大丈夫ですの?」
「…はい…薬が効いたようです…。 ところでその、ここからは姫お一人でお帰り願えますか」
「……え、どうしてですの?」
俯きながら言うレオニスに、ディアーナは不思議そうに尋ねた。
「……その、つまり、自分と一晩を過ごしたことが知れると、いろいろ厄介かと思いまして…」
気まずそうに話すレオニスに、ディアーナははっとした顔をした。
「……そう、ですわね。 …お兄様なんて、なぜか異様にレオニスを嫌ってますし…」
腕を組み俯いて口をぶーっと膨らませつつ、ディアーナは呟いた。
「………」
そんなディアーナを見つめながら、レオニスは少し難しい顔をしていた。
「分かりましたわ、じゃあ昨日のことは秘密にしておきましょう」
「…ありがとうございます」
「ただし…」
「は?」
深々と礼をするレオニスに、ディーアナはびしっと人差し指を立てて、ウインクしながらにんまりと笑って見せた。
レオニスは思わずキョトンとした顔になっている。
「…また、森へご一緒していただけます? …良い隠れ家もみつけたことですし!」
「…………」
レオニスは思わず目をぱちくりさせている。
「スープ以外にも、いろいろと作りたいものがあるんですの、今度コックをふん捕まえて聞いてまいりますわ! …お兄様はあまり私の手料理を食べてくださいませんし…、ね、レオニス、いいでしょう、…あなたに最初に食べて欲しいですわ」
ニコニコと、おかまいなしに話し続けるディアーナ。
「…はぁ、…しかしそれは…」
「…そうと決まったら、急いであの小屋をお掃除しなくてはいけませんわ! …あのままじゃ殺伐としすぎですわ、せめてお花とテーブルクロスぐらい欲しいですわよね、それに…」
なにやら反論しようとしたレオニスの言葉は、一切耳に入らないらしく、ディアーナは目をキラキラとさせながらしゃべりつづけている。
そんな様子を見ながら、レオニスはいつしか笑みをこぼしていた。
「そうなれば、早速明日にでも、お部屋をかたしに行かなくては!」
力むディアーナを、レオニスは微笑みながら見つめる。
ディアーナはそんなレオニスを嬉しそうに見つめた。
「…姫お一人では、森の中は危険ですよ」
ふいにレオニスが口を開いた。
しゃべりながらも、その瞳は温もりに溢れている。
ディアーナは、そんなレオニスににっこりと微笑んだ。
「…護衛なら、もういますわ」
「……そう、でしたね…」
目を細め言うレオニスに、ディアーナは満面の笑みを浮かべた。
行き交う風に髪を揺られながら、町へと消えて行くディアーナを、レオニスはいつまでも見守っていた。
― 翌日、レオニスは原因不明の腹痛を起こし、そしてその後、数日置きにどこへともなく出かけては、帰った後必ず原因不明の腹痛を起こしていたという、…が、それはまた別の語である。
…ちなみに加えると、ディアーナの体には何の異常もなかったらしい…。
キリ番1999を踏まれためみ様のリクエスト、レオ×ディアによる、暴走ミレニアム記念、無申告な2000番の分もサービスサービスッ(蹴)な、挿し絵付き創作です。
…まぁ、はりきったのは勝手なんですが…、…やはり隊長を書くには、100万年ほど修行が足りなかったようです…(TT)
文も絵も見事なへっぽっこぶりです(ーー;
特にイラストなんか、誰だコイツ状態…。
ちなみに、レオニスの着てる服は、小屋に常備されていたパジャマだとでも思ってください(いつもの服が描きにくかったらしい←はっ!、でもそーなると着替えさせたのはディアーナということに!?)
それにしても、レオ×ディアはドリーム広がりまくりですね(^^; やっぱり身分の差というヤツがポイントなんでしょうか? …あと、やっぱりお兄様の存在もかかせないポイントですね♪(何かそのへんツボらしい)
…最初は、寝込んだディアーナを介抱する隊長な話を書こーとしてたのに、気がついたらレオニスを介抱するディアーナな話に化けてました(^^;
どーも、苦痛に耐えつつ、ディアーナに気を使いながら、寝込んでいる隊長…というのに妄想がつっぱしてしまいまして…(苦笑)
しかしこの話、結局ディアーナはレオニスのこと好きなんだかどーだか不明ですね…、レオニスはかなりぞっこん(死語)ですけど…(笑)…はぁ、甘々には程遠いです…。
とりあえず、こんなんになってしまいましたが(汗)、めみ様もらってやってくださいね〜。(><;